超伝導液晶   量子スピン液体   スピン軌道秩序   ディラック系、励起子   先端計測  

超伝導体に隠れた液晶的秩序

1.背景

現在、超伝導技術は、テラビット高周波スイッチ、ギガヘルツ域の高周波フィルタ、高効率電力送信、電力貯蔵システム、MRI (NMR)、リニアモーターカー、医療用小型加速器、核融合炉、モーター、変圧器、超伝導電磁推進船など多様な分野で利用されています。これらでは、液体ヘリウムを用いて超伝導状態になる材料を使用しています。液体ヘリウムは、貴重な資源で高価(1リットル当り約2,000円)なため、超伝導技術を手軽に利用することはできません。従って、液体ヘリウムを使用しなくてすむ超伝導転移温度の高い超伝導体が見つかれば、大きな経済的効果が期待できます。
1986年に発見された銅酸化物高温超伝導体は、液体窒素温度で超伝導になり、大きなインパクトを与えました。上記の超伝導物質にとって替わるところまでは行っていませんが、MRIや核融合炉での強磁場を得るための高い臨界磁場(超伝導が壊れる磁場の限界値)を持つような銅酸化物高温超伝導体とNbTi, Nb3Snなど合金の超伝導体の両方を使う方法が使われています。超伝導物質の開発やその発現機構の研究は、より高温で超伝導になる物質を求める研究のみならず、その周辺物質での機能性物質の開発や新奇電子物性の発見へ拡がっています。上記の銅酸化物高温超伝導体の発見は、強相関電子を持つ物質の物性研究において大きなインパクトを与え、強相関電子系物理学の研究に新たな扉を開き、大きく進展しました。巨大磁気抵抗、特異な異常ホール効果、マルチフェロイクス、スキルミオンなどの様々な新奇な物理現象が見つかりました。これらは、次世代の新しい機能を持った電子素子となる可能性を秘めています。このように、高温超伝導の研究は、超伝導研究にとどまらず、強相関電子系物理学全体の進展を牽引しています。遷移金属化合物の超伝導研究については、銅酸化物以外にも、2008年に発見された鉄系超伝導体も活発に研究が展開されています。


2. 強相関超伝導体の発現機構解明

現在、私たちの研究室では、強相関電子物質を中心にした(おもに遷移金属化合物の)超伝導の物性研究を行っています。ここでは、銅酸化物高温超伝導体に次ぐ高い超伝導転移温度を持つ鉄系超伝導体について紹介します。

この系は2008年3月に発見された新しい超伝導体で、その代表であるLaFeAsOでは、伝導に寄与するFeAs層とそれ以外の層(ここではLaO層)が交互に積層した構造を持っています。FeAs層はFeとそのまわりにAsが四面体を形成するFeAs4四面体を基本として、辺を共有する形でFeAs層を構成しています。LaO層のLaをNdやSmといったイオン半径の大きいランタノイド元素にかえた場合、Tcは56Kまで上昇し、鉄系超伝導体で最高の超伝導転移温度となります。
鉄系超伝導体には、FeAs層をベースとして様々な種類の超伝導体が見つかっています。これらは全て同じ超伝導発現機構をもつのかどうかも、まだ分かっておらず、これもこの系の問題点となっています。以下に、いくつかの物質例をあげます。


(A) FeAs層とLaO層とが交互に積層したLaFeAsO、(B) Ba2+, Sr2+, Ca2+のアルカリ土類金属イオンと積層したBaFe2As2、(C) Na, Liのアルカリ金属イオンと積層したNaFeAs、(D) Asの代わりにB=S, Se, TeでFeB層のみが積層したFeSe1-xTex、(E) ペロブスカイト型ブロック層がFeAs層間に挟まったSr2VO3FeAs等、様々な超伝導物質が発見されています。(銅酸化物高温超伝導体ではCuO2面をベースに多くの超伝導体があるのとよく似ています。)鉄系超伝導体では、Asの作る結晶場に依存して、Feの5つのバンドの相対的な位置関係が変わり、そのバンドが作るFermi面の形状が異なります。これが鉄系超伝導体の物性を決める、特に重要なファクターとなっています。

現在、この超伝導体の最大の関心の1つが超伝導電子対の発現機構です。Feイオンの5つの3d軌道はどれもなんらかの形で伝導に寄与すると考えられており、これにより、金属状態の特徴を記述するフェルミ面が複数存在します。これは1つの電子軌道のみを考えればよい銅酸化物高温超伝導体とは大きく異なります。そのため、軌道間の相互作用や複数のフェルミ面間の相互作用を考えなければなりません。電子間クーロン相互作用を考えることで現れる電子スピン間の反強磁性相互作用をベースに超伝導電子対の対称性を考えたモデルが、黒木ら、Mazinらによってこの系の研究が始まった頃に提案されました。これは、下図に示すようなS±対称性と呼ばれています。(この図は逆格子空間上のフェルミ面を示し、その中の点線が第一ブリルアンゾーンを示します。その中にΓ(ガンマ)点(波数空間での原点)とM点(Γ点とM点を結ぶ方向は最近接のFe-Feを結ぶ方向にある)とに分かれて2種類のフェルミ面が存在し、Γ点のフェルミ面上の超伝導秩序パラメータとM点のフェルミ面上のそれの符号が反対である超伝導状態をS±超伝導対称性と呼びます。)これとは異なり、電子の5つの軌道間の相互作用による軌道ゆらぎ(各軌道の占有数の変化)の効果を考えた場合には、下の右図にあるような逆格子空間上のフェルミ面上の超伝導秩序パラメータの符号が等しいS++対称性と呼ばれる超伝導状態が実現することを紺谷らは示しています。現在、そのどちらが実際の系で実現しているかを決定しようと研究が進んでいます。超伝導転移温度TcがFeAs層に不純物を入れた場合どのように振舞うのかが、この問題に対して答えを与えると考えられています。 さらに、ネマチック秩序と呼ばれる回転対称性の破れた電子状態が注目されています。この起源は、軌道の秩序(軌道占有数の秩序化)と考えられ、超伝導との繋がりがどのようになるか、多くの研究が進められています。
超伝導発現機構や局所的な電子状態を研究するために、As(ヒ素)の原子核のNMRを用いた研究が盛んに行われています。NMRは電気伝導に寄与するFeAs層の電子の振舞を、一番近くの原子核の位置から観測する手法で、超伝導を示す電子を微視的に見ることができます。As-NMRによる“NMRスペクトル”と“NMR緩和時間”という2つの物理量から、超伝導を示す伝導電子の情報を得ることが出来ます。NMRスペクトルから、原子核サイトから眺めた電子の静的磁化の大きさが分かります。また、NMR緩和時間は、原子核と超伝導になる伝導電子との間のエネルギーのやり取りに依存しており、伝導電子がどのような超伝導状態にあるかを判定できます。私たちは、このNMRの特徴を生かして、鉄系超伝導体の物性研究を現在進めています。


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