超伝導液晶   量子スピン液体   スピン軌道秩序   ディラック系・励起子   先端計測  

量子スピン液体近傍の相転移

 気体を冷やせば液体になり、やがて固体になります。ところが、量子の世界では、絶対零度(-273℃)まで固体にならないものがあります。その典型例は液体ヘリウムであり、量子(原子)が波動性をもつことに由来します。さらに小さな素粒子である電子では、量子ゆらぎがより顕著になると同時に、フェルミ粒子性に起因したさまざまな集団的性質が現れます。
 電子の動きが止まり、磁気モーメント(スピン)の自由度がだけが残った絶縁体では、低温で量子ゆらぎよりもスピンの向きを揃えようとする力が勝って磁石となります。果たして、スピンの向きが定まらない「量子液体」状態が可能なのか?という問題は、理論的な提案(P.W.Anderson 1973年)以降、凝縮系物理学で注目されてきました。
 量子スピン液体の探索でまず鍵となるのは、極低温まで磁気秩序が起きないことの実証です。「無」の証明は極めて難しいですが、高感度に秩序(対称性の破れ)を検出できるNMRを用いると、高い精度で秩序の可能性を排除できます。

三角格子分子性物質における量子スピン液体の発見

 秩序を押さえるには、スピンの「三角関係」に生じるフラストレーションが有効です(左図)。私たちは、量子ゆらぎの大きな有機分子からなる磁性体に着目し、極低温下のNMR実験を行ってきました[1,2]。その結果、相互作用の1万分の1の温度域までスピンは液体状態を保持していることを見出しました。柔らかい分子性物質の特徴は、圧力によって大きく物性を変化させることができる点です。分子間の相互作用を圧力によって系統的に制御し、相互作用と帯磁率の間のスケーリングを明らかにしました(右図)。
Triangular lattice

 より高い圧力下では、量子スピン液体に隣接して超伝導が出現するため、超伝導の発現機構を解明するためにも重要な系となっています(図)[2]。
 一方、歪んだ三角格子をもつ系では、Valence Bond Solid状態とよばれる、並進対称性の破れた基底状態をとります。しかし、磁場によってその安定化エネルギーを打ち消すと、量子スピン液体や磁気秩序状態へと相転移することが分かりました[3]。
phase diagram

ハニカム格子上のキタエフ量子スピン液体の素励起

 量子スピン液体の素励起は、マヨラナ粒子とよばれる粒子と反粒子が同一の新奇な準粒子が担うと考えられています。キタエフ模型とよばれる基底状態が量子スピン液体の理論模型によると、マヨラナ粒子によって熱ホール伝導度の量子化が起きます。そのとき、量子スピン液体の内部では、遍歴的な素励起が局在化すると予想されます。ハニカム格子を持つ候補物質において、詳細な磁場依存性の実験から、マヨラナ粒子の性質を調べています [4]。

Kitaev
  1. Y. Shimizu, K. Miyagawa, K. Kanoda, M. Maesato, and G. Saito,
    "Spin liquid state in an organic Mott insulator with a triangular lattice"
    Physical Review Letters, 91, 107001 (2003). arXiv:cond-mat/0307483.

  2. Pressure-Tuned Exchange Coupling of a Quantum Spin Liquid in the Molecular Triangular Lattice κ-(ET)2Ag2(CN)3
    Y. Shimizu, T. Hiramatsu, M. Maesato, A. Otsuka, H. Yamochi, A. Ono, M. Itoh, M. Yoshida, M. Takigawa, Y. Yoshida, G. Saito
    Physical Review Letters 117, 107203 (2016). arXiv:1604.01460.

  3. Magnetic field-driven transition between valence bond solid and antiferromagnetic order in distorted triangular lattice,
    Y. Shimizu, M. Maesato, M. Yoshida, M. Takigawa, M. Itoh, A. Otsuka, H. Yamochi, Y. Yoshida, G. Kawaguchi, D. Graf, G. Saito
    Phys. Rev. Research 3, 023145 (2021) , arXiv:2103.12249.

  4. Two-step gap opening across the quantum critical point in a Kitaev honeycomb magnet α-RuCl3,
    Y. Nagai, T. Jinno, J. Yoshitake, J. Nasu, Y. Motome, M. Itoh, Y. Shimizu
    Physical Review B 101, 020414(R)/1-6 (2020). arXiv:1810.05379.

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